梅雨が明けて本格的な夏の到来も間近というところ、漢方薬や生薬を扱う上で避けては通れないこの季節特有の重大問題をご存じでしょうか。かの有名な仁寿会三大随筆のひとつ『東洋草子 第一段』にも以下のような記述が残されています。
――夏は敵。雨のころはさらなり、晴れてもなほ、湿度の高く蒸したる。
また、ただ一匹二匹など、茶色く光りて行くもわろし。かびなど生えるもわろし。
(現代語訳:夏は敵です。梅雨の頃はもちろん、晴れの日も湿度が高く、からりとする日がありません。
また、ただ一匹二匹と言えど、ひとたび虫の侵入を許してしまうと、あっという間に繁殖して大惨事です。高温多湿の環境は、かびも生えやすくなるのでよくありません)
*…*…*
冗談はさておき。
梅雨から夏にかけてのこの高温多湿の環境は、私たち人間にとってはもちろん、漢方薬や生薬にとってもたいへんつらいものです。
当院でお出ししている漢方薬は患者様おひとりおひとりの状態に合わせて量や飲み方を調整していることが多く、エキス製剤であっても既製品のアルミ包装ではなく紙の分包紙で調剤されたものをお受け取りになられる方もいらっしゃると思います。
特に吸湿しやすい成分を含む漢方薬は、すぐに湿気がきて色が濃くなったり粉が固まったりしてしまいます。明らかに変色してかちかちに固まったエキス製剤はおくすりの成分が変質している可能性があるので服用は避けてください。
乾燥剤とともに缶などに入れて保管していただくのがよいですが、開け閉めのたびに湿気を吸ってしまいますので何日分かを小分けにしておくのがおすすめです。特に冷蔵庫で保管される場合は庫外の気温との温度差で結露が生じて湿気てしまうことがあるので注意が必要です。
また、煎じる前の生薬は虫がつく可能性もあるのでしっかり密閉できる容器に入れて湿気の少ない涼しいところで保管しましょう。
生薬標本の瓶いっぱいにシバンムシ(ちいさい甲虫のなかま)がびっしりわいてふるえる、などという恐怖の体験はなさらないようくれぐれもご注意ください。
*…*…*
和名:ダイオウ
学名:Rheum palmatum
中国原産、タデ科の多年生草本。花期は6~7月頃。
高さ1~2メートルほどに成長する。
ダイオウの仲間にはルバーブと呼ばれ茎を食用にできるものもある。
*…*…*
薬剤部でそのような夏の恐ろしい体験をさせられた想い出深い生薬がこちら。
生薬の大黄(だいおう)として用いるのは黄褐色の立派な根の部分で、独特の強い香りがあります。薬効成分のセンノシドには瀉下作用があり、麻子仁丸や承気湯類、防風通聖散などさまざまな方剤に含まれています。センノシド類は腸内細菌の働きで分解されると腸を刺激して蠕動運動を促すことでお通じをよくしてくれるため、漢方以外でも広く下剤として用いられてきました。
一方、西洋では古くからマメ科植物のセンナが下剤として用いられてきましたが「東のダイオウ 西のセンナ」とも言われ、不思議なことにこれら2つの植物にはどちらも同じセンノシド類が含まれていることがわかっています。
センノシド類は熱に不安定な成分であるため、煎じ薬として服用する場合は後煎*と言ってほかの生薬を煎じたあと最後の5分くらいで大黄を加えて煮出す方法がとられます。
*専門的な用語では後下(こうげ)法と呼ばれることもあります。
薄荷などの精油成分を多く含むものや、降圧効果を目的としたときの釣藤鈎なども後煎がよいとされています。
*…*…*
今年も酷暑になりそうです。エアコンなどを上手に活用し、無理なく夏を楽しみましょう。
画像は全長50cmにもなるダイオウの葉の標本。
下部に写る著者の手と比べるとその大きさがうかがえる。